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2013年08月19日メディア

ダイヤモンドメディアに掲載されました

これが起業家とメンターの相思相愛のカタチ!
MUGENUPとiettyの成功の背景にあったもの

インキュベイトファンドなしで
いまはなかった

今回は、起業家とメンターの関わり方、育て方、育てられ方について、二つのスタートアップ、MUGENUP(社長:一岡亮大)とietty(社長:小川泰平)がインキュベーター兼投資家であるインキュベイトファンドとどのように成長していったかという例を紹介し、そこから考えてみたい。

米国のメンターは起業家を尊重し、対等の立場で、しかし辛辣な言葉も率直にぶつけることが常識だと本連載で述べてきた。しかし、日本では、メンターと起業家が先生と生徒のような上下関係になったり、逆に起業家が「メンターはうるさいから基本的に好きにやらせてほしい」とメンターを突き放し、発言力に関して起業家上位の形になることが多い。

しかし、これから紹介する2社とインキュベイトファンドの関係性は、筆者が考える理想の関係性に近い。まずは2社の生い立ちから振り返る。

MUGENUPはゲーム会社にイラストなどクリエイティブ素材を提供するビジネスをしている。投資家インキュベイトファンドは株主で、同社でMUGENUPを担当するのは本間真彦氏だ。

iettyは個人と賃貸物件仲介会社をフェイスブックと連携したウェブサービスでつなぐビジネスだ。MUGENUPと同様にインキュベイトファンドは株主で、担当するのは和田圭祐氏だ。

この二人の起業家は共に、ベンチャーキャピタルであるインキュベイトファンドが年二回開催する事業創造支援の合宿イベント、インキュベイトキャンプの卒業生だ。インキュベイトキャンプは、起業家やその予備軍が20人程参加するが、そのうち投票で上位の3つの事業案について、全員でブラッシュアップする。

二人の起業家は口を揃えて「インキュベイトファンドなしで、いまの事業はつくり出せなかった」と話す。

ピボットで生まれた
“イラスト制作のシステム化”

一岡亮大・MUGENUP社長 Photo by Shuji Honjo

学生時代に事業経験があり、ウェブ系のソフトウェア開発の腕には自信がある一岡亮大・MUGENUP社長は、三井住友銀行を辞めて独立し、2011年6月に会社をつくった。自作のギフト関係のアプリを発表する場を探していたときに、偶然見つけたのがインキュベイトキャンプだった。一岡氏は2011年9月の第二回キャンプに参加した。

そこで、一岡氏はビジネスモデルを発表したが、まったく参加者から相手にされず、何かを得るどころか自信を失ってしまった。

「キャンプでは、僕らはアプリをつくれるということが自らの価値だと思い、完成したアプリをプレゼンした。しかし、酷評されることもなく、さらっと流されてしまった。流されたのはショックだった。なぜなら酷評は見込みがあるものに対してされるが、それより下という結果だから」

本間真彦氏

すっかり意気消沈していた一岡氏に声をかけたのが、インキュベイトファンドの木下氏(当時)だった。「ギフト関連のアプリだったら、本間さんを紹介するよ」と言葉をかけられ、一岡氏は同社パートナーの本間真彦氏に相談する事にした。これが後に実を結ぶ出会いだった。

本間氏との議論の結果、ギフト事業案はボツにすることにした。代わりに出たアイデアがゲーム業界でのビジネス。ゲーム業界に無数にニーズがありそうなデザインなどのクリエイティブ分野での供給が足りていないからその効率化が事業テーマになるのではないか、デザイン制作のシステム化・データベース化に挑戦したいと構想が膨らんだ。

一岡氏はギフトのビジネスをあきらめ、事業成長できるところを探そうとピボットしたことが、本間氏との共同作業へとつながった。

さらに一岡氏と本間氏は事業アイデアのキャッチボールを始めていくと、カードバトルが主流のゲーム業界において、カード用のイラストをゲーム会社に効率的に提供する生産工場的な制作システムというアイデアが見えてきた。

この案を実際に試してみると、一人のクリエイターに依存せずにパートを分けて分業することで生産性が上がった。また、イラストを制作する工程ごとの発注へとプライシングを転換できることも可能となった。この2つの点は、革新的と思われた。これにより、それまで頻発していた納期遅れを劇的に改善できる見込みも立った。

そこで本間氏が2011年12月に出資を決め、いまに至るMUGENUPの快進撃となったのである。

インキュベイトファンドそして本間氏は、ソーシャルゲーム会社を投資育成した経験があり、主なソーシャルゲーム業界関係者のほとんどとネットワークがあった。そこに市場ニーズが明らかなカードイラストを使い勝手のいいサービスとしてパッケージングして提供したものだから、顧客開拓は百発百中だった。2012年2月に本格始動したこの事業は、いまや40人体制(クリエイターは外部であり、人数に含まない)に成長している。

本間氏のおかげで顧客開拓は問題なしとなったため、一岡氏らは外部クリエイターの獲得と関係づくり、オペレーションを精緻化してコミュニケーションの効率を上げること、データベース化はじめシステム開発などのサービス改善に集中することができた。その結果、一年前に比べクリエイター一人当たりの月間制作量が2.5倍になったという。

資金調達の際は、本間氏が一岡氏と一緒に事業計画書をつくり、投資家まわりをして、2012年9月ニッセイキャピタルから1億円の調達に成功している。

一岡氏は、「本間氏はコーファウンダー(共同創業者)だと思っている」と言う。

順風満帆な船出のietty
しかしすぐに壁にぶつかった

もう一つのスタートアップiettyは、MUGENUPとは対照的だ。住友不動産在職中の小川泰平氏が一岡氏も参加した2011年9月のインキュベイトキャンプに参加したところまでは同じだが、彼の事業案は1位に輝いた。インキュベイトファンドからの出資も決まり、小川氏は退職して2012年2月にiettyを創業した。

小川氏は、起業するなら前職の延長上の不動産仲介業をやっても面白くないと考えていた。ならばITだと思ったが、IT業界とのつながりはないし、そもそも金もない。そこで、事業案を試そうと、ネットで偶然見つけたのがインキュベイトキャンプだった。

小川氏はキャンプで優勝したことをきかっけに起業へと進んだ。すぐに小川氏はインキュベイトファンドの出資提案を受け入れ、事業を進めていった。

iettyは、一般消費者がアパートなど賃貸物件を探すときに役に立つ、フェイスブック連動のサービスだ。フェイスブックを使っている個人が、希望の物件の条件を入力すると、各社が競って物件を提案してくる。中には仲介手数料の割引や、プロの不動産マンならではの提案も含まれる。

不動産仲介会社にとっては、どんな人がどんな物件に興味を持っているか生きた情報が得られるから、提案営業ができる。フェイスブックのプロフィール情報もあるから、その個人の属性もある程度わかる。だからセールスマーケティングの効率を大きく高めることが可能だ。iettyは、個人が営業マンに問い合わせたりアクションをとると不動産仲介会社からお金をもらう。不動産業界の課題の部分にITのソリューションで価値をつくるというビジネスモデルだ。

小川泰平・ietty社長と和田圭祐氏 Photo by S.H.

滑り出しは良かった小川氏だったが、「事業に専念してからは壁にぶつかってばかりだった」と振り返る。

特に、システム開発を外注に出してから、事業はなかなか思うように進まなかったそうだ。しかし「いまのCTOが入社してからシステム開発を見直し、作り変えて、やっと4ヵ月前にβ版のテストを始めることができた」という。

技術の素人の起業家がシステム開発の発注や外注マネジメントをちゃんとできる例は少なく、小川氏もその洗礼を受けたのである。

「エンジニアはみつからない、外注はだめ、金も尽きた」という窮地に陥っていたところで、手を差し伸べたのがまたしてもインキュベイトファンドだった。インキュベイトファンドは追加の資金を投入しただけでなく、CTO候補の紹介をしてくれたのだ。

インキュベイトファンドでiettyを担当する和田氏は、CTO候補者に小川氏といっしょに会い、口説いた。当時のiettyが成功への一番のボトルネックがCTOであることを和田氏は見抜いていたからこそ、一緒にCTO探しに汗を流したのだろう。

全ての問題に関わったという本間氏
起業家が弱いところを補う存在

一岡・本間、小川・和田という二つの起業家とメンターの歴史を振り返った。では、この2つのケースで、どのような関係性が成功へと導いたのか、各人のコメントから見てみよう。

MUGENUPの一岡氏は、「自分と異なるスキルを持つ人といっしょだと事業を伸ばしやすい」と言う。一岡氏にとって、それは本間氏ということだ。

本間氏はメンターとして起業家と接する際、つねに起業家と投資家の目線の違いを指摘する。起業家はえてして製品のことばかり考え、足元の事業の構築にばかり気を使う。起業の初期から、3~5年先を考えている人は少ない。

MUGENUPでは一岡氏に対して本間氏が投資家的な視点を与え、それを習得するように仕向けた。この視点があったから、ニッセイキャピタルの出資につながったという。

また、一岡氏はビジネス経験の少なさを本間氏に補ってもらった。組織や人材採用など経営についてのノウハウは、本間氏のようにいくつものスタートアップを育成してきた経験があるからこそ持つものだ。

「若くてビジネス経験が浅いと、組織について直観的に理解できていない。平気で『なるべく民主主義で決める』と言う起業家がいるが、それでは組織が動かないことも、ビジネス経験が浅い起業家は分からないものだ」と本間氏は話す。

どういう人を役員にするかといった人や組織の問題についてのアドバイスは、とりわけメンターの出番であるし、起業家の経験が浅い点であることが多い。

社長は自分であり、意思決定をして事業を大きく成長させたいが、いつまでも自分で手を動かしているようでは、組織は強くならない。どこかで起業家から経営者に成長せねばならない。頭で分かった気になっていても、実際はそうではない起業家も多い。

一岡氏は「本間さんはビジネスマンの先輩として、会社とは、経営者とはどうあるべきかということを教えてもらった。わが社のメンバーとして、全問題に関わっていただいた」と話す。

辛辣コメントもズバズバ
でも信頼される和田氏

次にietty小川社長と和田氏の場合をみてみよう。小川氏は和田氏から得たアドバイスの一つに、数値管理の姿勢についてだと話す。

和田氏は前職のサイバーエージェントや、ソーシャルゲーム事業での経験から、数字を雑に扱わないように管理するのが当たり前という世界で仕事をしてきた。したがって、小川氏に数字のデータを共有化し、目標へのコミットを重視し、徹底的に詰めるという。

「起業家は、目標とする数値に届かなかった場合、仕方なかったとか自分に対して言い訳をする。私の場合はそこでごまかしなく目をそらさずに対峙させる」と和田氏は言う。

もう一つは、和田氏のサービスについての評価をはっきりと指摘する点だ。例えば「そんなサービスは小銭稼ぎのしょうもないアイデアだ」など、辛辣な評価も臆することなく起業家に伝える。なぜなら起業家はユーザーにとってそのサービスは本当にいいのか、短期のマネタイズに走っていないか、を徹底的に考えるようになるからだ。

ユーザーや戦略について和田氏は、数字よりも重視しているという。

小川氏は和田氏を、「甘えないけども、死にそうになったら助けてくれる存在だ」と言う。いまでもエンジニアの採用について「一番に相談するのは和田さん」と小川氏。「事業の創造に和田氏のサポートは欠かせない」と小川氏は話す。

β版のテストも順調で、すでに大手を含む首都圏十数社の不動産仲介業者が加盟済みだ。外部からの資金調達も和田氏のサポートのもと進行中だ。

一般的にメンターとの付き合い方が下手な起業家が多いのが現実だ。そういう意味では、メンターとの相性も含め、一岡氏・小川氏はラッキーなケースと言ってもいいだろう。もちろん、一岡氏・小川氏のオープンマインドな人柄が、セレンディピティ(偶然の出会い)を活かすことにつながった点も無視できない。

 

ちょうど良い距離感が重要
対等でありフラットである事

一岡氏は、「メンターにすがるのでなく、いい距離感で気持ちよく仕事ができた」と振り返る。このコメントから、起業家とメンターが対等な立場で、同じ方向を向く事ができていたことが分かる。起業家が委縮したり頼り過ぎたりしては、よい事業案など生まれない。対等の立場でキャッチボールすることで、いまのMUGENUPの事業案がつくられたのだ。

本間氏も一岡氏に、たとえ議論では強く自分のアイデアを主張しても、終わりには「でも、自分で決めてくださいね」と伝えているそうだ。ここにも、対等な関係性が読み取れる。

同様に、和田氏も小川氏に「好きなように経営してください」と言っているという。何か事業の失敗が起こると、急に経営に口出ししたり管理を強化する株主もいるが、和田氏はそうではない。小川氏は「和田さんとはフラットな関係で、議論をたたかわせて落としどころをみつけ、それにコミットして仕事を進めている」と言う。

本間氏も和田氏も、基本的に日々事業に取り組む起業家を尊重した姿勢であり、対等でありフラットな形のパートナーシップと言っていいだろう。もっとも、遠慮のない率直なコミュニケーションがとられている点も大切だ。

「小さな失敗はあるが、小川さんがいい経営者になってくれるための触媒になれればいい」と和田氏は言う。社会人の先輩として、こうした親心的な心の通い合いもスパイスになっているようだ。

金は出して口は出さない
それでいいのだろうか

一岡氏は、インキュベイトファンド以外で接点があった投資家は、「またビジネス考えたら、お話聞かせてください」で終わってしまうケースが多かったと話してくれた。

「ビジネスはあんたが考えるのよ的な人ばかりだったが、本間氏は自分のために毎週わざわざ時間を割いてくれて、ディスカッションさせてもらえた。これは大きな違い」と言う。

そういう過程を経て、“いてほしい”メンターとして本間氏との関係をつくっていったのだ。

「ある程度の規模までは自分一人でもビジネスはつくれた。本間さんとの付き合いを通して、起業して会社をつくるとはそういうことではなく、いっしょに事業を伸ばしてくれる人が重要なんだと気づいた」と一岡氏は語る。これは、自分で何でもやるタイプの起業家が、チームで取り組む起業に転換した分かりやすい例だ。

小川氏も、「お金さえ出してくれれば口を出さない投資家と付き合いたいと言う起業家もいるが、せっかく株主になってもらうのだから、いっしょに頑張りたい。隠し事なく、あけっぴろげに言える人に株主でいてほしい」と言う。

起業家が自分だけで会社を成功させるのは容易ではない。自分に足りないものを持っているメンターとの共同作業は事業を成功させる上で重要だ。対等かつ遠慮のない関係で、起業家とは異なる強みや経験が組み合わさり、メンターと起業家の有益なパートナーシップをつくりたいものだ。

今回は、ベンチャーキャピタルであるインキュベイトファンドの例を取り上げたが、次回はまた違った角度から起業家とメンターについて考えてみたい。